(7): 番外編 リオデジャネイロパラリンピックについて

(c) CBS Canada

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ncv_essays2016年夏季リオデジャネイロオリンピックに引き続き、先月はパラリンピックも無事に修了しましたね。日本人選手たちの健闘にも多くの感動がありました。

が、メダルの数は思ったほど伸びず、実際に国別メダルランキングを見ていても、疑問に感じることもあったので、今回はその辺を含めて、楽歩さんにお話を聞いてみることにしました。

編集室: この間のパラリンピックの結果ですが、非常に残念に思うのが、日本のメダルの数なんですよ。

健常者のオリンピックの時にはメダル数は、リオ大会は、確か過去最大となり、国別のランクでもかなり上位に入っていた日本なのに、それがなんともパラリンピックになったら、すっごい少なかったですよね!

アメリカも圧倒的強さを誇る割には少なかった!これって、どういうことでしょう?やっぱりそれだけ障がい者へのチャンスが少ないということなんじゃないかなと思ったんですが、違いますかね?

楽歩: 実は…このメダルの数は、社会のあり方の違いがくっきりと表れる結果となりました。

というのも、日本では、障害者の人たちは、たとえ選手レベルであっても、一般のスポーツ施設は使えない、という事情が大きく影響しています。

それは、一般の利用者の主観的な感情の配慮と、体育館などでは車椅子を使うと床が傷む…というこれまた幼稚的な理由によるものです。建前上は、「障害者の方が安全にスポーツを行うには、それなりの配慮がいるけれど、うちではその設備が整っていない」だから「障害者スポーツセンターをご利用下さい」といわれます。

編集室: そうなんですか。ということは、才能があって、努力も惜しまない選手がいても、練習場所もままならず、よって育成者も、そんな環境では望めない、ということですね。

楽歩: 京都には幸い、老朽化してきている施設とはいえ、市内に2ヵ所も「障害者が使えるスポーツ施設」があります。

私は、ほぼ毎日ぐらい通って、いろんなスポーツを楽しんでいますが、選手レベルの方が練習されているところを目撃したこともありませんし、私たちがスポーツに親しむには十分な施設ですが、とても世界に羽ばたく選手を育てられる環境にはありません。

でも、リオにも出場なさった一ノ瀬メイ選手は、やはり、一般のスイミングスクールなどは拒否されて、障害者スポーツセンターで練習を積んだという記事を読みました。

その記事に、アメリカなどでは、やる気と才能があれば、地元の施設を拒まれることはないし、どんどんレベルアップしたコーチをつけることも、なんら特別なことではないと。だからこそ、メダルの数だけでなく、メダリストの年齢層も若いのだと。

編集室: なるほど納得!ですね。

楽歩: だいたい、日本国内に一般の人たちが使えるスポーツ施設は、約22万ヵ所あるのに対し、障害者のスポーツ施設は、たったの114ヵ所ですよ…

お話しになりません!

そして、たった114ヵ所しかない障害者の施設の利用者は、加齢で股関節の手術などで身障者手帖をもらったご高齢者ばかりなんですから!

京都の障害者スポーツセンターで、平均年齢を下げるのに大貢献しているのが、38歳の私って、そりゃメダル取れへんわーって思いますでしょ?

編集室: やはり、これは社会全体の問題ですよね。

楽歩: 平成27年度の内閣府の調査によると「2020年の東京パラリンピックに期待することはなんですか?」という質問に最も多かった回答が「障害のある人への理解の向上」だったそうです。

でも、そんなんおかしいと思いません?

たかだか、4年に一度の2週間足らずのパラリンピックに求めることではないはずです。

それに、パラリンピックはいう間でもなく、障害者のオリンピックなわけです。障害者の中でも選ばれしエリートたちが活躍する場であり、少なくとも、パラリンピック=障害者にはなりえません。

それにですよ、一般のスポーツ施設から、安全が確保できないという名目で、見た目が気持ち悪いという一般の利用者の苦情を懸念して、障害者と触れ合う機会を激減させておいて、パラリンピックを奉る国のやり方に疑問を感じずにはいられません。

障害者のスポーツ施設を増やすのではなく、全国に今ある22万の施設に手を加えて、障害者や高齢者が安全に使えるようにする方が、よほど建設的で、一石三鳥ぐらいのメリットがあるんじゃないかしら?と私は思います。

編集室: 確かにそうですよね。五体満足」の乙洋匡武氏は、オリンピックとパラリンピックを分けないでやる案を出していましたよね。つまり、競技によって、体重別階級があるように、パラリンピックもオリンピックの中の一つのカテゴリーとして扱う、という案でしたよね。それと同じで、やはり健常者と障がい者の壁を取り外す、というのが、まず理解を深める第一歩となるのかもしれませんね。

楽歩: …ずいぶん駆け足でお話した感じではありますが、そんなところです。

やっぱり、健常者の方が障害者を見て、ためらいを感じるのは、見慣れていないところが大きいと私は思います。だからこそ、パラリンピックに「障害者の理解の向上」を求めている場合ではないと。もはや、障害者スポーツ以前の問題ですわね!(笑)

編集室: 今日はどうもありがとうございました。

Author: 大畑楽歩

「奇跡のラブちゃん」と、各メディアで騒がれたこともあるが、いまだ脳性まひとも仲良く共存中。もうすぐアラフォーにさしかかろうとしているが最近、念願のドラムセットを手に入れ、ラブの好奇心とハッピーライフへの貪欲さはトドマルところを知らない。電動車椅子ユーザーの割にフットワークは軽く、ふら〜っと海外へエスケープしちゃう癖もある。

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