(13): Third Friday ArtWalk @ Durham

(c) Hitoko

ストリートに出ていたダーラムで毎月第3金曜日の夜に行われているアートウォークのサイン (c) Hitoko

 

ncv_essays6月の第3金曜日の夜のこと。

共通の知人の紹介で「トライアングルにいる日本人アーチスト」とのミートアップが実現しました。

以前から彼に

「ヒトコ、是非君に紹介したい素晴らしい日本人アーチストがいるんだ!絶対に会うべき!」

と力を込めて言われていたのですが、なかなか実際にお会いするということができずにいました。

しかし、今回はメールをもらったら、みんながタタタッという感じで連絡を取り合い、

「じゃあ、今日会いましょう!」

となったわけで、人と人が出会うきっかけというものは、そのタイミングが決まっていて、そして突然にやってくるものなのかもしれないな、と思った次第です。

私たちが会うきっかけとなったのは、ダーラムやチャペルヒル、カーボロで毎月行われているアートウォークというイヴェントでした。

お二人ともが、ダーラムで行われている「Third Friday ArtWalk」に参加しているギャラリーやスタジオのアーチストであり、その夜はお二人ともがギャラリーのはしごでダウンタウンダーラムの街中を行ったり来たりしている(という印象を受けた)とのこと。

皆さん、すごいな。

そんな時に仕事で家に引きこもっている場合じゃない、と思った私は早速そのお二人のギャラリー・アートスタジオにおまじゃすることにしたのでした。

まず最初に訪れたのは、テイラー祐子さんが所属するPleiades Galleryというギャラリー。

いきなり強い雨が降ってきて、車を停めるところにやや手こずってしまったけれども平日の6時以降はだいたいどの駐車場でも無料となるので、有料駐車場へ停車。

車を出る頃には、雨もやんでラッキーでした。

アートウォークで多くのギャラリーやレストランなどが解放されているからかもしれませんが、金曜日の夜のダーラムのダウンタウンは、昼間のビジネスアワー時とはやや雰囲気も異なり、多くの人々が歩いていました。

一緒に連れて行った長男も、人々で溢れる活気な街角に、大喜び。

「ぼくも大きくなったら、バーとか行ってアルコールとか飲みたい」

と言っておりました(w)。

(大きくなったらって(w)。しかし、まだ未成年なので、後3年は待たないといけませんね〜!)

 

(c) Hitoko

ストリートには、アートウォークのサインがちらほら。
おぉ、あった、あった。ここが噂のPleiades Galleryというギャラリー。(c) Hitoko

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ダーラムのニックネーム「ブルシティー」の名の通り、ロゴもブルのモチーフ。(c) Hitoko

(c) Hitoko

入場も無料。中ではオープニングパーティーが行われていました。 (c) Hitoko

 

Yuko Nogami Taylor:東京生まれ。日本画も描くペインターで、1990年以来NC州ラリー在住。トライアングルエリアのアートショーに活動的に参加している。

 

(c) Hitoko

その日にギャラリーに展示されていた祐子さんの作品はこちら。(c) Hitoko

 

昔のアメリカで奴隷として過ごした黒人の写真からインスピレーションを受けて、彼女なりにストーリー展開したものが彼女の作品のテーマになっているのだそうです。

この絵は、1920年代の禁酒時代のアメリカで「Four Roses(バーボン)」の箱を運ぶ黒人のポートレイト。

「当時奴隷だった人たちの写真がなぜ存在するのか、ということも非常に興味深いでしょう?」

と祐子さん。

初対面にも関わらず、とっても気さくにいろいろなお話をしてくれました。そばでニコニコと見守る旦那様はジャズミュージシャン(ドラマー)だそうで、日本でも演奏をしたことがあるのだそうです。

「Four Roses」は、アメリカのケンタッキー州で蒸留されていたバーボン銘柄で、かなり後になってから日本の「麒麟ビール」に買収されたのだそうです。

麒麟は確か「キリン・シーグラム」とも呼ばれていたと思うのですが、祐子さんの作品を鑑賞しながら、ふと家にあった父のウイスキーのボトルや黄色いプラスチックのケースに入って酒屋さんから運ばれて来たビールのことなど、子ども時代に焼き付いていたことがよみがえってきました。

キリン・シーグラムについて後で調べてみると、日本の高度成長期でビールの人気が沸騰した1970年代に、カナダの酒造メーカー「シーグラム」と合併し、「キリン・シーグラム」という子会社を設立して洋酒事業にも参入した、と書いてありました。

そうそう、ロバート・ブラウン、とても懐かしいです。

さて、場所をムラスギチエコさんのスタジオのある「Golden Belt」へ移します。

ここは、ダウンタウンからはやや離れたところにありますが、昔の繊維工場で歴史的保存物とも認定されていた建物が改装されて新しく生まれ変わったのだそうです。アパートやオフィス、そしてアーチストたちの活動の場として提供されている、とのこと。

ダーラムのアメリカンタバコキャンパスも、以前はタバコ製造工場だった場所が現在はトレンディーなレストランやオフィスなどが入ったビルディングへと改造されています。

ダーラムという街には、その古い歴史を残しつつどんどん改築されていくビルディングが他にもたくさんあるわけで、このように次から次に開発されていく場所が現在のヒップな街づくりの一部として貢献しているのだと思います。

 

Chieko Murasugi:東京生まれ。両親が30代の頃、家族でカナダに移民した。大学では心理学専攻。その後カリフォルニアへ渡り、スタンフォード大学では「Visual Neuroscience」を学ぶ。2011年よりチャペルヒル在住。

 

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Golden Beltのチエコさんのスタジオ内で。テイラー祐子さん(左)とムラスギチエコさん(右)
お二人ともとても素敵な女性でした。(c) Hitoko

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チエコさんのスタジオはビルディング3の中にあります。 (c) Hitoko

(c) Hitoko

中はこんな感じ。とってもかっこいいですね。 (c) Hitoko

(c) Hitoko

こんな空間でアートの制作ができると確かにモチベイションも高まりますね。 (c) Hitoko

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中はこのように仕切られていました。 (c) Hitoko

(c) Hitoko

(c) Hitoko

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(c) Hitoko

スタジオ内に展示されていたチエコさんの作品。色使いや筆の力強さはとても気持ちがいい。 (c) Hitoko

 

チエコさんに最初に初めてメールを出した時、日本語が話せるものだと勝手に推測して日本語で送ったのですが、

「ごめんなさい。私は日本語読めません。」

とご丁寧にお返事が送られてきました。

チエコさんは、東京生まれですが、3歳の時に両親に連れられてカナダへと移住したのだそうです。

「でもグーグルトランスレイトしたので、なんとなく意味はわかりました」

と、ニッコリ。

最後の方では、「できない」という日本語もしっかりとお話できることがわかり、さすが頭の良い方のレベルはやはり高いのだなと思いました(w)。

カナダとカリフォルニアが長かったチエコさんがアメリカ東海岸のこの土地に引っ越してきた理由は、当時 UCSF(カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校)の教授だったご主人に、デューク大学より仕事のオファーが来たからなのだそうです。

「デュークは、とっても気に入っています」

とご主人もニコニコ。
サンフランシスコから引越しして、未だに馴染めないのは「湿度」だけだということでした。

デュークの権威あるプロフェッサーだと思うのですが、長男にもわかりやすくご自身のお仕事のことを説明してくれました。

この日は、久しぶりにアートな体験ができて、私にとってもとても刺激的な夜となりました。

ちなみにチャペルヒルのアートウォークは毎月第2金曜日に行われているようです。

今度は是非、地元チャペルヒルのアートウォークにも行ってみたいです。

Author: 上山仁子

アメリカで生活をはじめて、早25年が過ぎました。ノースカロライナではまだまだニューカマーの気分でしたが、気がついたら既にもう在住10年目になりました。ここでは「スローライフ」を楽しむつもりが、いつの間にか、3人の思春期の子どもたちとのバトルを繰り返すめまぐるしい毎日を過ごしています。この秋からは長男が大学へ進学し、親としてもある意味転機を迎えました。自分のためにも何か始めないとということで、UNCチャペルヒル校でジャーナリズムのクラスを取っています。

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